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神のイメージの向こう側 

一つ前の日記を参考文献として思うところを少々。


「神」「神様」という言葉を聞くと、普通は宗教上の神を想像する。三位一体のやつ(?)とか、アッラーとか、場合によっては八百万の神(=精霊)。これらの神々は元々誰か一人が考え出した「よくできた神」で、だからこうして他人の「神格観」にまで影響を及ぼすようになった。少なくとも多くの日本人はそう思ってる。宗教色の薄い日本では、その「神格観=神のイメージ」にバラつきがあって、無宗教だけど有神論の人達は個人でそれぞれ神を持っていたりする。そういうとこから個人や社会の心理構造が見えて面白いよね、っていう話。


ということで早速、参考文献(っても2chだが)に書かれてる神のイメージと、そのはたらきを分類してみよう。

外見
1A: 人の形をしてるもの、人格神――老人、美少女など
1B: 人ではない"物"、物体神――石、発光体など
1C: 目に見えないもの、存在としての神――エネルギー、法則など

はたらき
2A: 直接・間接、積極・消極いろいろあるけど世界に何かしてるよ派
2B: なんかただ笑ってたりするだけだよ派
2C: するとかしないとか主体的な存在じゃなくてただ"ある"だけだよ派


次にこれらの神のイメージの持つ意味について考察。

まず1A―人格神の場合、大きく二つあって、その辺にいそうな近所の人が神の場合と、創神者にとっての完璧な存在の場合がある。
前者は、「こうだったらおもしろいな」という空想遊びに近い。「神なんているわけないじゃん」と無神論に徹するのもかっこ悪いし、なにかしらどっかに救いがあると考えた方が夢があっていいよね、というもの。そのはたらきも、「支配」というよりは「補填」という感じ。このタイプの創神者は謙虚なフリして自分のことをできた人間だと思ってる。
後者の場合はもう少し希求感がある。理想の存在によって癒されたいともとれるし、「神」っていうくらいだから完璧であって欲しいと考えているのかも知れない。恐らく彼らは卑屈だ。神の存在なんて信じてなくて、バカにしてすらいるけれど、たぶん神様に救って欲しくて仕方無い。究極的には無神論者だから、その神のはたらきは「ただ笑ってるだけ」。中途半端に優しくされると傷ついちゃうから。もう少し狂信的になると「すべてを救ってくれる」とか言い出すんじゃないかと思う。


次に1B、物体神。例が少なくて困るんだけど、たぶん八百万的な思想に根ざしてる。そういう意味では有神論的で、神を神聖視してる。なにかしててもいいし、何もしてなくてもいい(2A、2B混合)。神に囲まれてるっていう世界がステキ、でっかいっていいことだ!っていう思考の持ち主。たぶんドリーマー。1Aの「近所の人」派に近いけど、あれがポップミュージック派だとしたらこっちはクラシック派。でも雰囲気が好きなだけだったり。
あ、もう一つタイプがあるな。発光体とか、地球とか。これは1Cの思考に近いと思うから次。


1C―存在神。「物理法則」って答えたのが端的に表してると思う。要するにこの世界のでき方が自分の理解の範囲を超えていて、「こんなすごいもんは神様しかつくれねーや」と思っちゃった人。エセ理系に多い。文化的な神なんて苦笑いでスルーしちゃうんだけど、頑固だから自分の理解を超えたものは全部「神だよ神」で解決。この世界それ自体が神で、それらは何かの影響を及ぼすわけではなく、ただ"ある"だけ。2Cに分類されるはたらきを持つ神は殆どこれ。


で、まあ2chのオカルト板に集まるくらいだからみんな多少は神の存在を信じてる。ここに出てこない無神論的な人たちっていうのは「神?んなもんイマドキ流行んねーよブチアゲー」みたいな都会っ子か、「神?論理的に判断できないものは存在しません」みたいな根っからの情報信者のどっちか。


話は変わる。神を持つとはどういうことだろう。トランプで言えばジョーカーである。人生とそれに付随する世界(逆?)、これはもうわからんことだらけである。いくら頭使ったってどうにも納得できないことが多すぎる。そんな時は「取り合えず行動」で結果オーライになることが多いんだけど、根本的には解決しない。だからまた同じ場所で行き詰るんだが、そんな時にジョーカーがあればとても便利である。論理展開の起点に神をおいてそっから演繹すれば全て正しいし、神に守られてると思えばなんだってできる。「なんだかよくわからんけど結果オーライ」が恒久に保証されるのだ。


信条とかモットーとか人生哲学(こういう言葉嫌い)とかっていうのも、結局は同じ構造なんだけど、これらは可変的で、神は不変的。結局は何か絶対的なものが無いと判断基準が揺らぐから、神の出現ってのは必然だ。頭悪い人は神で満足するし、もうちょっと利口な人は人生哲学とか言い始めるし、猜疑心の強い人は論理しか信じられない。論理だってジョーカーなんだが、ジョーカーを持ちたくないって人ほど論理バンザイである。


なんだかんだ言って子供の内は、どうすりゃもっと楽に生きられるんだろうって思い悩むもんです。それを乗り越えてじいさんばあさんになると自分の感覚だけを頼りにするようになる。「人生一度、楽しければいいじゃないか」。頭じゃわかるが、まだまだボクらは夢イッパイ希望イッパイなのである。どっかになんかブレイクスルーがあるんじゃないかと日々悶々と頭を悩ませつつネット、ネットの毎日ですよグヘヘヘヘ。

comments

 典型的1A-2AB型でちた。
>究極的には無神論者だから、その神のはたらきは「ただ笑ってるだけ」。
 ここんところが見事にヒット。狙って書いたんじゃねえのかというくらいど真ん中。その中でも人生哲学云々傾向。おお、型にはめると何てヤな奴なんだ!

 最近、暇つぶしにふらふらしてて見つけたクリスチャンのブログを時々読んでる。彼女はやはり『絶対』に裏打ちされた強さのようなものを持っている、と感じるね。
 信念だのなんだのってのは自分をジョーカーに仕立て上げることなんだと思う。でもよそから借りたほうが案外出来が良かったりする。難しいところだから、どうしようもなくってネット見てんだよねゲヘヘヘヘ。
  • [2006/06/02 23:38]
  • URL |
  • bluebeetle
  • [ edit_c ]

他人の心理についてとやかく言う場合って、結局自分や自分の周りの価値観をベースに想像するしかないから、どっかしら当てはまることがあるのかも知れんね。ちなみにあたくしはエセ理系タイプ。
しかし君が脳内彼女を飼っていたとはwww

ほう、クリスチャンでふか。U(e原)くらい、自分と宗教との距離感が保ててる人の日記なら読んでみたいな。"ジョーカーを持つ"という行為にどう心の整理をつけているのか気になる。

まあそんなこと考えてる暇があったら学校行かなきゃならんわけだが(´・ω・`)
  • [2006/06/03 12:08]
  • URL |
  • 食パン
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