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草食系周辺 

まったくまとまらないのだが、140文字では書けないのでこちらで書こう。


草食系という単語はけっこう深い意味を持つのかも知れない。
二元論は短絡的だけど、近代の女性の社会進出と、男性の精神軟化は、同様に主体性の均等化の結果だと思っている。

つまり、原始以降、戦前・戦後に至るまで、少なくとも歴史の表側においては主体性と男性性が、客体性と女性性はほぼイコールであった。

しかし、戦争を筆頭とした、「力」による社会支配が終わり、機械によってオートメーションされると、ジェンダーを隔てる膜は消え、主体という「溶質」が混合液の中で溶け広がった。正に今、広がっている最中なのだろう。


僕は昔、と言ってもほんの数年前までだが、男性性というものが嫌いだったし、その反発として女性性に憧れたこともある。ただ、ここ数年で主体性の拡散が加速し、そもそもそうしたジェンダーに囚われること自体がナンセンスであることを思う。確かに、今でも女性性に対する憧れはあるけれど、それは一種のナルシシズムに分類されるのだろうと納得している。

とは言え、未だに個人対個人の場では、「力」は力のままだ。それに対するカウンターメジャーとして「客体性」の誇示というのも根強く残る。

ただ、そうした主体と客体の関係が無くなった時、つまり定型的なリレーションシップが無くなった時、個人は個人のまま、他者との関係性を作る必要が無くなってしまう。

もちろん必要性が無くとも、一定の割合で関係性は作られる。けれど、また同様に一定の割合で消えていくのだ。


草食系という言葉は、主に恋愛上の主体性に関して使用される。
けれど、よくよく考えてみれば、特に目的も無く草を食み、なんとなく集団の中に落ち着いて移動し、生命の危機を感じたら取りあえず走る、という生き方そのものにも当てはまるのではないか。

そうしてただ来る日も早く終わることも待ち続けるのだ。
放浪息子やハンターハンターが終わるまでは死ねないと思っていたけれど、同じ欲をずっと持ち続けるのは難しい。


夢を餌に長らく歩いて来たけれど、だんだん味が薄くなってきた。噛み過ぎたガムみたいだ。吐き捨てれば肢の裏に粘り付いていつまでも気に障るだろう。今日もまた味の無いガムを噛む。

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